世界農業遺産の本わさび。
自分好みの辛さ・食感・香りを選んで。

はんばた市場に商品を提供してくださる、生産者さんや加工屋さんをご紹介する連載記事です。
vol.3は西伊豆町でわさびを生産されている「堤農園(つつみのうえん)」さんをご紹介します。


静岡を代表する食材のひとつ、「本わさび」。
ご家庭ではチューブタイプのわさびを使うことが主流となりましたが、ふとした折に擦りたての本わさびをいただくと、その違いに驚きます。

指差しているところが根。上部の細長いところが茎。

実はチューブタイプには西洋わさび(ホースラディッシュ)や、本わさびの茎が使用されることが多いそう。
芳醇な香りや旨味、味わい深い辛味を楽しむには、やはり本わさびの「根」の部分を擦りおろし、すぐにいただくのが一番です。

しかしチューブと比べて、どうしても値が張る本わさび。
せっかくならばお客さまに、心から満足していただける “自分好みの本わさび”に出会っていただこうと、はんばた市場では複数生産者さんの本わさびを取り扱っております(※1)。

それというのも、本わさびは一括りに扱われることが多いですが、本当は生産者さんごとに味も食感も異なるのです。
その理由を、西伊豆町の山間で昭和3年から本わさびを育てている「堤農園(つつみのうえん)」の堤さんに伺ってきました。

山間にひっそりと、美しい「わさび沢」が存在している

こちらが堤農園さんのわさび沢。
世界農業遺産にも認定される「畳石式(たたみいししき)」という伝統農法で、90年以上もわさびを作り続けています。
畳石式は山間の傾斜地を階段状に整備し、下層から上層に向けて大中小の石を積み上げ、表層部に細かな砂利を敷き詰めたもの。
そこに山の恵みである豊富な湧水をかけ流し、わさびを栽培するのです。

栄養分たっぷりの美味しい湧水が流れる

この“湧水”こそが、わさびの味や食感を左右する重要なポイント。
なぜならわさびは湧き水に含まれる「栄養素」と「酸素」を取りこんで育つのです(※2)。
同じ山でも、どんなルート・地層を通って沢まで流れ着くかによって水質は異なり、それによって味や食感も変わってきます。

現存しているわさび沢は、先人たちが試行錯誤を繰り返して厳選した土地がほとんどのため、どこも水質に恵まれ一定水準以上のわさびが生産できると言います。
そのうえで、どんな特徴のわさびが育っているのかを知り、自分の好みに合わせて選ぶ。
そんな楽しみ方ができるのです。

堤さんのわさびは、抜きたてを擦ると驚くほどふわふわ!

ちなみに堤農園さんのわさびは「みずみずしく爽やかな辛味で、後味が残りにくい」ことが特徴。
辛すぎるのが苦手な方でも食べやすく、飲食店からは“料理に組み入れた際に、他の素材の邪魔をしない”と評価されています。
豊かな香りも特徴で、刺身をはじめ、天ぷらなどに合わせるのもおすすめだそう。

このように書いていると「わさびは良質な水さえあれば、勝手に育つのか」と思われそうですが、そんなことはありません。
幼い子供のように快適な環境を用意し、常に手をかけてあげることが大切です。

丁寧に耕すことで、根が大きく育つ。(古民家ラジオさんのYouTube動画より抜粋)

例えば土地。
大中小の石や砂利を積み上げていますが、常に湧水が流れているため表面の砂利が流されてしまったり、砂利の隙間に泥が溜まってしまったりするそう。
そこで、わさびを収穫するタイミング(12~14ヶ月毎)でリセットの作業を行います。

まずは表層10cm程の砂利部分を畑のように耕運機で耕し、柔らかくすると同時に空気を含ませます。
その後、ホース状の機材を地面に何度も差し込み、水圧で中から泥を掻き出していくのです。
さらにグラウンド整備に使うトンボのようなT字の棒で整地を行い、ふかふかで水捌けの良い“わさびのベッド”が完成。
そのうえで、手作業でわさびの苗を植えていきます。

その後はとにかく湧水をたっぷりかけ流し、水温を一定に保ってあげることが大切。
しかし山は、湧き水という恵みの一方、虫や落ち葉など、わさびの成長を妨げる困りごともたくさん送り込んできます。
蝶はわさびの葉に卵を産み、その幼虫がわさびの葉を食べてしまいます。
落ち葉は滞留すると湧水をせき止め、水の循環が悪くなることで水温が上がり、わさびを傷めてしまいます。

毎日こつこつと落ち葉を取り除いてあげる。

それらに対して堤さんは、湧水に不純物を入れないため薬剤などは使わず、すべて手作業で対応します。
虫の卵をそっと取り除き、延々と落ち葉を拾って歩くのです。
また日差しの強い日にはシートで日光を遮り、葉焼けや水温上昇を防ぎます。
その姿は、まるで親が幼い子供に寄り添い、優しく気遣うよう。こうした地道な作業を1年中繰り返して、美味しい本わさびを育てているのです。

堤農園4代目の堤圭祐さん

実は堤さんは6年前、奥様の実家である堤農園を継ぐために西伊豆へ引っ越してきた、いわゆる“Iターン組”。
それまでは東京の企業でシステムエンジニアをされていたそう。
それもあってか、わさび作りをどんどん“改善”し、世界と勝負できる品質にまで高めていきたいと仰います。

ーー近年では中国、台湾、ヨーロッパなど、世界各地でわさびが生産されるようになりました。
私たちわさび農家は国内でシェアを取り合うよりも、皆で協力してより良いわさびを生産し、日本ブランドを作って世界で勝負するべきだと思うんです。
わさび生産は国内各地に歴史があり、その技術は一家相伝のように秘密にされることがほとんどです。
しかしこれからは技術や課題を共有し、共に成長する時代ではないでしょうか。

堤さんはその言葉通り、静岡県内の若手わさび生産者たちが参加する「わさび研究部」の研究部長を務めることになったタイミングで、お互いの沢を見学しあって意見交換する会をはじめたそう。
第1回の見学会では堤さんの沢にも複数の若手・ベテラン生産者が訪れ、堤さんが失敗した事例に対して、改善に向けた議論が行われました。
“湧き水”という自然の恵みは人の力で変えようがありませんが、それ以外に改善できるポイントはたくさんあります。
静岡を中心に日本のわさびが、ますます魅力的な産物に育っていきそうです。


そんな堤さんのわさびをはじめ、はんばた市場では複数生産者さんの本わさびをご用意しています。
粘りのあるもの、みずみずしいもの、ガツンと辛みのあるもの、香りを楽しめるもの、素材を引き立てる名脇役など、様々な特徴がありますので、何本かを食べ比べされるのもおすすめです。

「自分好みの擦りたて本わさびをご家庭で」。そんな贅沢をぜひ楽しまれてみてください。

※1:入荷の状況で複数種類のご用意がない場合がございます。どうぞご了承ください。
※2:肥料などを使用する生産方法もございます。